失くした恋は海に捨てます。恋の終わりはいつも同じ。 恋をひとつなくする度に、男なんてさ男なんてさ、と言ってたくせに、気がついたらば、いつもこう。ため息混じりの午前２時。 真夜中過ぎの港に立って、あたしは泣きます、思い切り。 にじむ街の灯ひとりで眺めて、泣いて泣いてわめいて泣いて、涙が涸れたら歌うのよ。未練投げ捨て、海に向かってがなります。 そうね、だいたい藤圭子。馬鹿だな、馬鹿だな、騙されちゃって……。 気分によっては八代亜紀。……雨雨降れ降れもっと降れ…… そうよ、演歌よ。演歌でなくっちゃ気分が出ません。ふられ女に似合うのは、なんてったって演歌なの。あの人好きだった演歌節。 恋を諦め捨てるのも、手順と舞台が必要なんです、あたしには。 だから真夜中、摩耶埠頭。 ここならあたし、自転車で来られます。人もいないし、いいんです。気に入ってます……ってのは少し「変」なんだけど…… ハーバーランドができてから、それまで通った突堤は、少し騒々しくなったし、帰りのタクシーで運転手さんからあれこれ喋りかけられるのも鬱陶しいし、それで、だから、ここがいいんです。 でも、一度、笑われたんです。ここで。男と車で来てたらしい茶髪の小娘に。 「きゃはは……！なに？あのおばさん？」って…… あたし、思わず「かっ」となりました。誰もいないと思ってたのに、「見られた！」って、恥ずかしさもあったのかもしれません。 すかさずその小娘のとこまでダッシュして、まずはボディーに蹴り入れました。「ングﾞッ！」と前かがみに腹を押さえた小娘の、その生意気そうな鼻っ柱狙って、間髪入れずパチキかまします。 鼻血を噴いた小娘は、もう声も出ません。 下から突き上げたパチキの衝撃で、小娘の上体がやや起きあがったところに、キャミソールから剥き出しの右手を取るや、一本背負い一閃！ 腰もきれいに入って、見事に決まりました。 あたしを笑った小娘は、「どっぽ〜〜〜ん」という音とともに、真っ黒な海に一直線。 男は……金髪逆立てて、首になんだかチェーンぶら下げ、ご丁寧に鼻にピアスまでした男は、「ぽかん」と口あけ、呆然と突っ立ってました。 あたしが「早く助けたげなさいよ！」と言ってお尻を蹴飛ばすと、「あわわわ……」とみっともなくバランス崩して、そいつも海に落ちました。 あたしは、逃げました。全速力で自転車飛ばして。 次の日の夕刊、隅から隅まで目を皿にして見ましたけど、なんも出てなかったから、助かったんでしょう、多分。 そうして港で、泣いてわめいて歌ったら、あたしは部屋に帰ります。ひとりっきりのあの部屋に。灯りをつけたままのあの部屋に。こんな時に、真っ暗な部屋になんて、誰が帰ってやるもんですか。 部屋に帰ったら、お布団敷きます。シャワーを浴びます。そして裸のまんまであたしは、お布団の上でオナニーするのです。 全身全霊無我夢中、もう一心不乱にオナニーします。両手両足おっぱいお腹背中首筋大陰唇小陰唇陰核膣口膣内尿道口肛門、気持ちいいことみんなします。こんなときのために通信販売で買っておいた、ローターやバイブレーションも総動員します。いいえ、普段は使いません、こんなの。オナニーだってしやしません、このとき意外は。 延々と、もう延々と果てしなく、オナニー続けて、体中を性器にして、へとへとになるまでオナニーしてるとそのうちに、白々と夜が明けてくるんです。だってこの世に、明けない夜はありません。 夜が明けたら、一番早い汽車に乗るのよ。 そう。もう一度シャワーで汗を流すとあたしは、部屋を片付け、洋服着て駅に向かいます。 ドアから一歩外へ出たらば、そこは朝です。生まれたばかりの日差しの中で、哀しい気持ちはグッドバイ、グッドバイ、グッドバイバイ。恋人にふられたよ、よくある話じゃないか。もうなんだか、あたしなんて鼻歌まで出てきちゃいます。 一番電車に乗り込んで、一番端っこの座席に席を占めるとすぐさまに、あたしは寝ます。もう前後不覚に、深く深く眠ります。眠りこけます。最近は、ゴウゴウ鼾もかいてるようですけど、いいんです。気にしたところで、それがなんになると言うのでしょうか。人生はワンツーパンチ。汗かきベソかき歩いていくしかないんです。みっともないのが人なんですもの。 終点から終点を行ったり来たり、あたしはひたすら眠ります。そして、戻り道ふらふら、ようやく目覚めると、電車を降ります。 もうだいぶ高くなった陽を、目を眇めて見上げてあたしは、腕の時計で時間を確かめ、駅のトイレでお化粧整えると、鏡でもう一度洋服をチェックして、「よし！」と気合いれます。そしてそれから胸張って、あたしは会社に向かうのです。 駅の外には、靴音ばかりが高らかに、それぞれの勤め先に向かう人たちが、黙々と、ただ黙々と無言の行進。ザッザッザッと隊列組んだその行進に、あたしも混じっていくのです。 そんなあたしが、あたしはとても健気で、泣きたいくらいに健気なあたしを、あたしはとても愛しく思えて、あたしはあたしを抱きしめてあげたくなってしまいます。 抱きしめたいほど健気なあたしの一日が、今日もこれから始まります。 でも、最近ちょっと気になってます。 そんな健気なあたしの儀式なんですが、四〇歳を過ぎてから、なんだか回数が多くなってるようで、それからその間隔も……ついこないだも同じことやったような記憶があることなんですが、気にしない方がいいに決まってますから、そうします。 |
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