烏書房（連載）

紙芝居シリーズ

マンコの青春（その１）

太郎吉野

１９５６年神戸市生まれ。日本大学卒後、東京で某作家の（無能な）秘書としての会社員生活の後、１９８８年、神戸市に書店「チャンネルハウス」を開業も、経営の才無く１２年で幕（涙）。しかしなお「本屋」への未練断ち難く、２０００年７月、無謀にも再び神戸・元町に「烏書房」を開店もまた閉店。
「金」にたたかれ「金」に泣く日々を（性懲りもなく）続けるビンボ人。ああ、お金が欲しい。

（この作品を、女優・紅萬子さんに捧げる）

生まれはヤンキーの尼崎
花の都にはるばると
やってきましたまんこちゃん
友達なんにんできるかな
あれはかわいい
あれはかわいい
まんこちゃん！

　「みんな、注目～～～っ！転校生を紹介します。」
　いつもの「起立！礼！」の後、すらりとした美人の藤沢アヤコ先生が、連れてきた女の子をちらと見やってから、黒板に大きく名前を書いて、みんなに向き直ります。

　「はい、皆さん。えーと、兵庫県の尼崎市から転校してきました、あかね……茜……」
　アヤコ先生が心持ち頬を赤らめ、転校生の苗字まで紹介したところで、いきなりに口ごもってしまいました。
　「えーと、あかね……あの……あかね……」
　「センセ、うち、自己紹介するし。うちの字ィ、むつかしよってに。」
　「あ……、あ？そう……？」
　アヤコ先生が、「心底助かった」という表情で、少しため息ついたように見えました。

　「ほな、自己紹介します！うち……あ、ちゃうわ……わたし、あかね・まんこ、です！」
　瞬間、教室に「どっ」と笑いが湧いた。
　女の子の中には、うつむいて「くっくっ」と笑いをかみ締め、顔を真っ赤にしてる子もいます。
　「あ……あれ？ウケてもた？別にボケたわけやないねんけど……」
　大爆笑がさらに増殖した。

　真っ赤な顔でうつむいていたアヤコ先生が、やがて「きっ」と顔を上げて、
　「笑わない！なに笑ってんのよ！なにがおかしいのよっ!?」
　教室が、シーーーーンと静まった。
　「せ、センセ……なんも、そないムキにならいでも……」
　アヤコ先生の、あまりの取り乱しようにまんこちゃんは少し心配になってしまったのでした。

　「え、えーと、自己紹介を続けます。尼崎から来ました。名前は、あかね・まんこ……あ、もうゆーたっけ？難しい字ィやけど、まんこ、て読みます。」
　教室に、また「クスクス」という忍び笑いのざなみが起こって、先生がまた「きっ」と教室中をねめつけ、波を鎮めました。

　「えーと、あの、アマ……あ、ちゃう、尼崎やから、もちろん野球は阪神ファンです！特に赤星が好きです！東京にも阪神ファンの人は多いゆーから、もしこのクラスにもおったら、友達になってください！以上です！」

　「はい、茜さん、どうもありがとう。」
　先生の言葉を合図に、拍手が沸きます。
　後ろの方の男の子が、「ひゅーひゅー」と指笛を吹きました。
　アヤコ先生が、指笛吹いた子を「きっ」と睨みつけて、男の子は、少しバツが悪そうにうつむきます。

　「茜さんの席は、そこね。青梅さんの隣。青梅さん、案内してあげて。」
　「はい」とお下げの女の子が立ち上がって、「こっちこっち」と手招きしてまんこちゃんを席に着かせました。
　ざわめきを取り戻した教室では、男の子たちが肘をつつきあい、まんこちゃんをちらちらと見やりながら、ひそひそ何事か話しています。

　そんな様子を軽蔑しきったように見ながら、まんこちゃんを案内した青梅さんが言いました。
　「いやね、もう。茜さん、気にすることないからね。わたし、青梅小春。よろしくね。」
　「いや！小春ちゃん、ゆーの？かいらしー名前やね。よろしく！わたしのこと、まんこ、て呼んでね！」
　「え……？あの……」

　「みんな、聞いてちょうだい！」
　青梅小春さんが答えに淀むうちに、教壇のアヤコ先生が話し始めました。
　「さっきのみんなの態度。先生はとっても失望しました。茜さんにとても失礼です！みんな、そう思わない？」
　教室が、「し～～～～ん」と静まり返って、だけどまんこちゃんは、なんのことかわからなくて、まんこちゃんは、少し「きょときょと」してしまいました。
　「人の名前を笑うなんて……人間として最低の行為です！そうでしょ！ね、そうでしょ！先生は……とても悲しい……！」
　アヤコ先生は、涙ぐんでしまって、すると教室のみんながうつむいて、隣を見ると小春ちゃんもうつむいています。

　「……な、な……ちょっと……」
　まんこちゃんが、小春ちゃんの肘をつついて小声でささやきました。
　「なあ、うちの名前、なんか変なん？」
　「……え……ううん！そんなことない！絶対ないよ！」
　「変やんか、そしたら。なんでみんな笑うて、そんで、センセ、あんなに怒ンのン？」
　「だって……」
　「だって？なに？」
　「あの……？」
　「え？」
　「あの……」
　小春ちゃんが、まんこちゃんの耳元に口を寄せて、「ごにょごにょ」とつぶやきます。

　……と……
　まんこちゃん、真っ赤な顔して立ち上がりました。
　「そうか……そうやったんか……」
　「茜さん、なに？座りなさい。」
　アヤコ先生が言うのも聞かず、まんこちゃんは、さっき指笛吹いた男の子のところに、「ツカツカ」と近寄っていきました。

　「あんたか……？さっき、ひゅーひゅーやったんは？」
　「え？なに？なんだい？ヴァギナちゃん。」
　パンク頭の男の子が、ニヤニヤ笑いながらまんこちゃんを斜め下方の視線から見上げます。
　「だれが……！オメコやねんッ！」
　まんこちゃんの右足が、目にも止まらぬ速さで一閃して、次の瞬間、パンクの男の子は、まんこちゃんの後ろ回し蹴りで吹っ飛んでいいました。

　「うちは……」
　「うちは、この街では、もっと強うならんと、生きていけんみたいやな……」
　転校早々、先生にこってり絞られて、日もすっかり暮れてしまった帰り道、のぼりかけた月を見上げて、まんこちゃんは、決意も新たにするのでした。

　さてこの後、まんこちゃんの波乱万丈、スリルと愛と冒険とサスペンスに満ちた熱血東京中学生ライフが始まるわけでございますが、本日は、そのほんのサワリでございました。

文芸からす表紙に戻る