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掌編シリーズ
【二月物語】 第6話
ハッちゃん鍋の夜
太郎吉野 

1956年神戸市生まれ。日本大学卒後、東京で某作家の(無能な)秘書としての会社員生活の後、1988年、神戸市に書店「チャンネルハウス」を開業も、経営の才無く12年で幕(涙)。しかしなお「本屋」への未練断ち難く、2000年7月、無謀にも再び神戸・元町に「烏書房」を開店もまた閉店。
「金」にたたかれ「金」に泣く日々を(性懲りもなく)続けるビンボ人。ああ、お金が欲しい。



 シリーズ第6話
 約15枚










 おう!マー坊にセーやんかいや。よう来た、よう来た、寒かったやろ?雪、まだ降っとるか?まあ、上がれや。
 モイっちゃんとギッさん、もう来とんど。
 おう、これや、これ。え〜匂いがしとるやろが。特製ハッちゃん鍋も、もうそろそろ煮えてきとるさかいの。お前ら、ちょうどえー具合のとこで来よったの。あ、モイッちゃん、そこ、ちょっと空けたってくれや。マー坊、そこ、入れ。さ、まずはこれで温もってくれ。駆けつけなんとか、じゃ。
 さあ、ほな、みな揃ろたとこで、あらためて乾杯、でもするか。
 おお、ギッさん、あんた一応は一番年嵩やさけ……え?わしゃもう死んで幽霊じゃ?かまへん、かまへん、わしらもどうせ、もうすぐそっちゃやさけ、おんなじようなモンじゃァ。お?おうおう、そうそう……お、かんぱ〜〜〜い!

 サア、鍋も食うてくれよ。今日は、肉も仰山用意したァるからな。
 え?マー坊、なんじゃ?もう年やさけ、肉はあんまり……てか?阿呆!年食うとるさけ、肉食わなあかんのじゃ。それにお前は、わしより三つも若いんやないけェ。食え食え!どんどん食え!
 なに?歯ァが……?なんや、セーやん、入れ歯のグワイ、まだ悪いんかえ?しょーがないなあ……と、そんなこっちゃろ思ての、肉、すり身も入れたァるさけ、ほれ、その辺に浮いとんのが、それ。柔(や)らこいぞ。それ、食べ。

 うまいか?そやろ、うまいやろ?
 この味噌のグワイがな、わしの……このハッちゃん秘伝の味なんじゃ!おう、そうじゃ、うちの畑の豆でわしが作った味噌。それに山椒と大蒜と胡麻とトンガラシ……とまあ、いろいろ摺り合わせての……精がつくぞい、正味!
 おほ!マー坊、明日あたり、お前のチンポも勃つかもな!久しぶりにトミさん喜ばせたれい!ぶわははははは!
 ええ?そうじゃ、カカ死んでもう十年になるしの。料理から洗濯から掃除から、なんでもやりまっせ、わしゃ。山と軍隊で鍛えてあるしの。
 え?ああ、あいつは……カカは、最近出て来らんの。来てくれる幽霊は……あれ?誰が幽霊で、誰がまだ生きとんじゃったかの?なんや、わからんようになるで、もう……
 あ、そうや、そうや。わしとマー坊とセーやんが、まだ、やったの。ほンで、ギッさんとモイッちゃんが幽霊……そやった、そやった……そうなんや、わしとこへ来てくれる幽霊も、モイッちゃんとギッさんくらいや、もう。
 義理堅いことで、ありがたいやないかい。
 え?義理とちゃう?酒とうまいモンがあるからや、てか?
 わはははははは!ええわい、それでええわい。食べてやァ、飲んでやァ!

 お!ギッさん、早速にオハコか。よっしゃ!歌とたってくれ!それ!
 お?肉か?おう、食うてくれよォ、まだまだあるさけな。
 おう、今日の肉は、猪(シシ)じゃァ。こないだの、久しぶりに仕留めたんじゃ。
 おうい!おうおう!ええぞ、ギッさ〜〜ん、幽霊なっても、相変わらずノドは渋いの!
 え?幽霊、幽霊言うな……あ、こらまた失礼!うわははははは!
 え?なんじゃいな、セーやん……
 ああ、鉄砲(テッポ)な。うん、もう……何年になるかの?だいぶ前に免許も返上したし、鉄砲もとっくに処分したわい。
 ほンで?この猪は?てか?
 ……罠?阿呆、そォーんな辛気臭いモン、使うかい!
 そうか、お前らには、まだ見したこと、なかったな。
 えへへ……見したろか……?ちょっと、待ってや。

 ほれ、これ、これ、これでやっつけたんやわ。
 これな、モーゼル、ゆーんや。ドイツ製やで。拳銃……やねんけどな、これを……このホルスターがな、木ィででけとるじゃろ。これがミソ。
 このホルスターをやな……こないして……グリップに嵌め込んで……したら、な、立派なライフルに早変わり……ちゅーワケや。しかも、十連発でな、ここ、このレバー切り替えたらな、フルオートになって……どや、機関銃やで。
 ちょっと持ってみるか?ほれ。
 ……結構、重たいやろ。
 あ!阿呆!こっちゃ向けるな!弾丸(タマ)入ってんねぞ!危ないやろが……もう。
 うん。実はな、終戦からこっち、ずっと持っとったんじゃ。
 わし、ほれ、連隊長の従卒やっとったやろ。ほんでな、これ、連隊長が開戦前にドイツで買うたらしねンけど、わし、連隊長についてからずっと、手入れさせられとったんじゃァ。
 ほしたら、ほれ、玉音放送聞いた連隊長、ピストル自殺してまいよって……あ、いや、そんときは南部式使いよった……で、銃声聞いて、わし、真っ先に部屋に入ったさけの。咄嗟に、これ金庫から取り出して、隠したんじゃァ。まあ、連隊長生きとるうちから、いつかガメたろ、思とったんやけどの。
 バラして……これ、簡単に分解でけるんじゃァ……あちこちに隠しての、持って帰って来たんやけど、ときどき手入れしながら、ずっと持っとったんじゃ。
 ああ、そうじゃ。カカにも息子にも、見したことなかったな。
 ほンで、鉄砲処分したあとな、これのこと思い出して、ちょっと試しに撃ってみたら……さすがにドイツ製やのォ……照準も狂うてないし、いや、たいしたもんや、実際。

 ン?弾丸(タマ)かえ?うん、さすがに弾丸は、連隊長とっからは持ち出せなんだ。
 けど……ほれ、あの、木村、ちゅーのン、あれにな、頼んだら、あいつヤクザやさけの、蛇の道はなんとかで、ほれ……こないに調達して来よったわ。
 なに?あ、大丈夫や、大丈夫。あいつの組な、産廃、ゴソッとヤミで放れるとこ、探してけっかったからな、ちょっと口きいたったんや。そうそうそう、あの西の山。その見返りが、これじゃ。
 あはははは。そうじゃ、どっちもこっちも違法じゃァ。
 なにぬかしとんじゃい。ええんや、ええんや、て。
 人間、八十過ぎたらな、なにしてもええんや、どんなことしたって罪にはならん、て昔の中国の偉い人が言うたァンの、知らんのかい。え?知らん?言うたはるんや、ちゃんと。
 せやから、セーやんも、大丈夫やぞ。わしと同い年やもんな。
 お、マー坊も、来年八十やったけの?来年からは、なンしても、ええんやぞォ〜〜!わははははは!
 あ!すまん、すまん!ギッさん、モイッちゃん、気ィ悪ゥせんといてや。二人とも、八十なる前に死んでもたんやもんなァ……堪忍やで。

 マー坊、ほんで、その木村やけどの……今日は、それもあって、わざわざ来てもろたんやけど……
 なんや、お前とこの息子、あの木村ンとこの闇金で、えらい目ェしとるらしやないけェ。
 え?ああ、ああ、聞いた……お前も保証人の判、ついてもた、てな……
 なンも、なンも!わしらの間やないけェ、恥かしことなんかあるかい。
 で、なンや、お前とこに、度々押しかけたそやの、あの木村が……
 こら、なンとかせんと、お前とこ、家屋敷から山から全部むしられてまうど……と思ての……
 わし、話つけたったさけ。これ、証文じゃ……間違いないか、確かめてくれ。
 なに?どないした?て、そら、最前もゆーたけンど、蛇の道じゃァ……わし、あいつの弱み、ほかにも握ったァるさかいの。そんでの……蛇の道。
 あ、こら!泣くな!泣かいでも、ええ!
 ええてよ、ええ、てよ。次には、わしのこと、助けてくれたら、それでええてよ。あんなンに、村の中かき回されたら、ケタクソ悪いしの。

 しかし、マー坊よ、お前ンとこの息子も、えらいわのォ……
 え?なンも、皮肉とちゃうで。ようは知らんが、会社、作りよったんじゃろ?ああ、ええやないかい。ムチャがでけんのンも、若いうちだけじゃァ。
 なに?わしも年食うてんのにムチャしよる、て?わはは、それは、ほれ、最前ゆーたとおり、八十超えたらの……ふっ、ふふふ……
 いや、それに比べたらな、うちの息子なんか、また親に似ンと、かったい堅い勤め人になりよってからに……つまらんぞ、実際……
 ああ、大阪におる。
 え?いや〜〜、わしゃ、ごめんやわ。あんなせせこましいとこに住むんわァ。
 そら、まあな、うちゃ、モイッちゃんやセーやんとこみたいに、畑も田んぼも大してないしな、ギッさんとこみたいに商売やっとるわけでもないし、ここにしがみついとっても、しゃあないしな……そらァ、大阪なりと出て行った方が、ええんじゃ。
 けンども、わしゃ、ここがええんじゃ。一人の方が気楽やしの。大阪なんかにおったら、鉄砲撃って気晴らしもでけんし……
 あ?ああ、猪(シシ)もやけど、裏の山にな、新しい道、ついたやろ。あそこ、ほれ、夏の間、夜中にやかましい車や単車がブンブン来よるやないけ。あれをな、練習兼ねてやな、撃ったんねン。
 まァた、ムチャしよる、てか……?けンど、なかなか当たらんわい。晩やし、テキはえらい勢いで走ったァるさけな。
 あ、一回だけ、タイヤに命中したこと、あったわ……へへっ、こけよったで……

 うん。タマァにな、行くで、息子ンとこは。高速飛ばしたら、一時間やしの。
 孫がの……ああ、もう大学行きよるわ……そいつがの、着古した服、「祖父ちゃん、着ィや」ゆーて、くれるんじゃ。
 せやからな、おお、これ、今着とる、このタウンも……え?あ、そうか、ダウンゆーんか……これもな、シャツもズボンも、わし、着るモン全部、孫のお古。
 あ、そうか?若いか?そら、孫が買うてきたモンやよってなあ。シャツもセーターも赤や黄色ばっかり。
 ほんで、食うもんは畑で採れるし、砲も撃つし、魚も獲るし……あ、鯉、獲ったんやった、セーやん、マー坊、後で一匹ずつ持って帰れや……ほんで、わし、年金使うとこ、あらへんがな。
 けど、これが大阪やってみィ、こうはいかんで。

 ふぅ〜〜〜……
 食うたのォ……どや、うまかったやろ?まだ、冷凍庫にたっぷり肉残っとるさけの。また来いや。
 しかし、みな年やのォ……
 ほれ、酒が二升しか空いてないがいや。昔やってみィ、五人おったら、まず一斗は空いとるわいの。
 え、なに?酔うたァ?情けないこと、言うないや。
 あ、マー坊、セーやん、鯉、忘れんと持って帰れよ。おう、そうそう、表の水槽に活けてあるさけな。網で掬てくれ。
 あれ、まだ雪降ってけっかる……
 お前ら、車で来たんじゃろ?マー坊の車か?
 なに?酒飲んだから、車は置いていくゥ……!
 ど阿呆!年寄りがこの雪の中、ふらふら酔うて歩いとったら、危ないやろが!国道も通らんとあかんねぞ!
 車で帰れ、車で。
 大丈夫や、大丈夫。お前ら、酔うとるさけ、少々ぶつけても、怪我せんわい。……こないだ、わしも、そやったぞ。おう、そこの川へ車ごと落ちての……後で車揚げンのに、苦労したわい……
 けンど、怪我はせんかったぞ。ホンマに、酒は百薬の長、やのォ……え、意味がちゃう、てか?ふわっははははは!
 まあ、気ィつけて、行ったれや。また来いよォ。

 ふぅ〜、おう、帰ったわ。まあ、大丈夫やろ。
 ン?あんたらは、もちょっと、ゆっくりしていけンねやろ?まあ、ええやないか。わしも、いきなり一人にされたら寂しいがな。
 あ、倅ンとこで貰ろたウィスキーがあったんや。あれ、やるか?ちょっと待ってや……どこ置いたか……
 おう、あった、あった。
 さて、ほなら、あっちの先輩お二人に、向こうのことでも、じっくり聞かせて貰おかの。わしも、もうじきやろしな……
 え?ギッさん、なんや?
 なに?今日の肉……?
 そうかァ……さすがギッさん、高等商業出とるだけに、察しがええわァ……かなんな、もう。わかっとったんかいな……
 ふふっ……実は、そうや。
 さすがにの、わしももうシシ猪は追いきれんて……けンど、まあ、人やったら、簡単や。
 あ、モイッちゃん、そないにびっくりせんといて。人、ゆーても、ほら、あの木村、あいつやァ。
 うん。今日の鍋は、シシ汁やのォて、ヤクザ汁。
 へへっ……なに?ギッさん、相変わらずヤンチャやのォ、て……?へへへ、面目ない……
 いや、なに、マー坊のことも、あれやけンどな、わしもな、ヤクザに借りは作りとうないしな……一旦スキ見せたら、あいつら、とことん来よるしの。
 タマ弾丸持って来させて、そいで、最初の試し撃ちが、あいつ……
 ふへへっ、あいつ、眼ン玉、丸ゥしくさっとったわ。爺イや思て、なめとったんやな。阿呆やの、自分が渡した弾丸で、自分が撃たれとったら、世話ァないて。
 けンど、結構、うまかったな。な。わしも初めてやけど、あら、猪より上かもしらんな。
 ええ〜〜っ?ギッさん、そら、もうせん、せんて、ホンマ。これきりじゃ。わはははは!なンぼ八十越したゆーても、そうそう危ない橋は渡らへんよ、わしも。
 さあ、飲もやないかい。な。
 あ、まだ肉もあるけンど、食うか?(完)



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