烏書房（連載）

小説

残像

じゃどう一直線

首都圏在住、謎の主婦兼ピアノ弾き。「東日本女褌普及協会」会長。あ、女性っす。時々、褌応援団。

謎のカヌーイストに捧げる
お猿小説

　その猿はいつものように袋を引きちぎった。
「ちっ、まただ。」
　空腹で慌ててかじりついたものを袋ごと木に投げつけた。
　なんだってこんな食べられない物を人間は…。

　次の日もまたその猿は、観光客から何かせしめてやろうと狙っていた。
　店の前に昨日の袋と同じ物を持った人間がいた。
　袋を破っているがよく見ていると食べていない。
「食べ物じゃないのか、まったく。」
　　
　その昼過ぎ、急に観光客の姿がなくなった。
　ひっそりとなった駐車場に一台の車がやってきて、静かに男が降りてきた。
　そいつは手に持っていた大きなビニール袋をがさがさとさせて地面に置くと、こっちを向いて何かを取り出した。
「……あぁ、またあれだ。」
　そう思った瞬間、近くにいた仲間がビニール袋を奪いに飛び出した。
　袋を抱えてこっちに走り込んできた仲間は、横取りしようとする他の猿と絡み合いながら、裏山に消えていった。

　だがそいつは驚きもせず、その食べられた代物ではない、丸いへこみのある硬い物を、顔に当てていた。
　「これじゃあやっぱり無理だ。」と、男はつぶやくと、再び車に乗り込んだ。
　何かが違う、そう思った猿は走り去る車を必死に追いかけた。

　車は一軒の家の前に停まった。
　木に登り、そいつが入っていった家の中をそっとうかがった。
　窓からは、午後の光にきらきら光る何かが見えた。
　猿は、半開きのままのドアから素早く入り、その光るものを鷲掴みにした。
　勢いよく外に飛び出した後ろで短く叫ぶ声がした。

　追っては来なかったが、猿は掴んだ物をまき散らしながら高い木に登った。
　しばらく猿は開いた手の中の物に釘付けになっていた。
　そこにはさっき絡み合いながら消えていった仲間がいた。

　風が凪から西風に変わった頃、自分の低いうめき声に我に返ったその猿は、虫でも払うように手から写真を振り払った。
　そして急いで地面に降りようとしたそのとき、見てしまったのだ。
　地面に散らばっている写真に、仲間と、そして、自分の全く知らない猿がいるのを。
　鋭く叫びながらその猿は元来た道を引き返していった。
　それが自分の姿とも気づかないままに。　　　〈了〉

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