| 「ねえ、ユーくん」 「なんだよ」 「入籍、しない？」 「にゅうせき」 「結婚よ、する気ないの？」 「え、いや、それは…」 「同棲三ヶ月じゃ、こんな話早すぎる？」 「いや、まあ」 「別にさ、来年わたしが三十女になっちゃうとか、そんなつもりはないのよ、ね。ようはさ、きちっとしとくほうがお互いよくないかってことだけなのよ。ねね、どう 「？」 ● 「ねえねえユミ。昨日とうとう切り出したちゃった、結婚」 「うそっ、ミキ、ほんと？ やったー。もうギリギリセーフってやつじゃない。くそ」「へへ、お先にね。でもさ、なんか、すーって晴れてく感じ？ 胸の中が」 「いいないいなー。いつ、いつよ式」 「そんなとこまでまだよー。とにかく結婚って言葉出したってだけで、ま、一歩も二歩も前進ってとこ？」 「このー、シアワセものー」 「ユミ先輩」 「なによ、ヨシコ。あんたいつも後ろから急に声かけんのやめてよ」 「ミキ先輩のお相手の方って、どんな人なんですかぁ？」 「ミキ、云ってやりな。このイモに」 「得意先の営業マンよ。一部上場。あんたには手も届かないから、わたしの真似はよしこさんってね。クククク」 「ミキうまい！」 「はは、面白いですね。そいで、お幾つなんですか？」 「ひ・と・つ・し・た」 「へー、金のわらじってやつですね。で、なれ初めは？」」 「合コンに決まってんじゃない。もー、うるさいからあっち行っててよ。あんたがそばにいると、わたしからシアワセが抜けてくような気がするんだから」 「そんなに結婚て、したいもんですかねぇ」 「あんたなんかには、わかんないわよ。ねぇーミキ。お前もうあっち行ってろ、しっ」 ● 「ね、ご両親には、いつお会いする？」 「え、またその話かよ」 「ちょっとー、大切な話なんだからさ、プレステなんてやめてぇ、セーブセーブ」 「バカ！ なにすんだよ、今いいとこなんだから、やめろよ」 「何怒ってんの？ バッカみたい」 「分かったからよ、邪魔すんなよ。あ、ケータイ」 「もう、切っときなさいよ電源」 「……ああ、お前かよ……なに……熱？…風邪？……そんなこと云ってもよ……ああ、明日にでも連絡する……ああ」 「どっからよ」 「あ、ああ。その、会社のな、若いのが、あれだ、風邪ひいて、な。そんな感じ」 ● 「決まった決まった？ ミキったら、ねえ」 「え？」 「結納とかなんとかかんとか、いろいろよ」 「あの、先輩」 「なによヨシコ。後ろから声かけるなっつうの。あんたには関係ないでしょ。そのツ ラじゃ結婚なんてまだまだ先だろうし」 「いや、あの、うちの姉のときは、釣書交換してたんです。だからその」 「なんでそんなメンド臭いことすんのよ、バッカじゃない？ ねえミキ」 「そうよ。お互い信頼してればいいじゃん、あんたとこ、田舎だからよ。古臭いんだから」 「はー、そんなもんなんですかね」 ● 「ユーくんたら、ねえ」 「ふえ」 「もう、そんななるまでどこで飲んできたのよ、べろべろじゃん」 「え、あー、接待、接待だってば」 「ねえ、釣書、いるかな」 「つりしょ、釣り、しようってか？ あはぁ」 「先寝るよ。ちゃんと風呂入ってよ、シーツ替えたんだから、もう」 ● 「昨日さ、ヤツったら風呂んなかでさ、いい気分で鼻唄歌ってんの」 「てことは、話進んだわけ？」 「でもないんだけど」 「ご機嫌なんでしょ？ てことは親にでも話したとか」 「かなぁ？ わかんないよ。なーにが、あわてたアヒルがガァだよ」 「あ、先輩、それ」 「なによヨシコ、急に出てこないでよ」 「その歌、わたし知ってますよぉ」 ● 「ねえ、プレステやってていいからさ」 「ああ」 「兄弟、いるって云ってたよね」 「ああ」 「上？ 下？」 「弟」 「結婚してんの？」 「いや」 「親類とかさ、多いの？」 「おやじもおふくろも一人っ子だしよ、遠い親戚なんか、もう何年も会ってねえや」 「ふーん」 「なんだよ」 「別に」 「あ、やべえ。死んじまった。ちょっと黙っててくれよ」 ● 「ユミ先輩」 「なによ、もう。びっくりさせないでって、あれほど云ってんのに、わかんないやつ だなお前は」 「ミキ先輩、今日休んでますね」 「話、煮詰まってきたんじゃないの？」 「ふーん」 「あんた、いつも不景気なツラしちゃってさ。いい話とかないの？」 「先輩は？」 「あっち行けっつんだよ」 ● 「ねえ」 「結婚だろ？ 考えるよ、あわてんなよ」 「わたしさ、きょう、あんたのこと尾けたの」 「つける？」 「会社出てから、あと追っかけたのよ！」 「あ」 「会社終わってぇ、ここ帰るのかと思ったらさ、ぜんぜんちがうとこ行ったよね。なによ、あのけち臭い建て売り。表札、あんたの名前がでかでかとあったわね。やつれてたわよねぇ彼女。奥さんでしょ？ あれが紀美子、さん？ ブスね。どー見ても、わたしより年上じゃないの。あんた年上好きなんだ。それになによあの子ども。顔、真っ赤っけでさ。あんたの顔見て、パパパパって喜んじゃって。なーにが、お唄歌ってだ、バーカ。あわてたアヒルがガァじゃないってのよ。あれって《おかあさんといっしょ》の歌なんだって？ まあ、いいパパぶっちゃって。わたしって、騙されてたわけね、三ヶ月も。ちょっとなによ、それって荷造りなわけ？ そのネクタイ持ってくの？ そのシャツだってさ、誰が買ったのよ。何が楽しかっただ、プレステばっかしてやがったくせに。とっとと縒りでも戻せってんだ。ちんたらしてんじゃないわよ。早く出てけ、バカヤロー」 （了） |
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